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ありがちなブログ

ありがちな更新率。ありがちな語り口調。ありがちな女。

かんがえたこと

これから私はどうしていきたいんだろうって考えていたら。そうしたら、今までのわたしが どれだけ周りを見えてなかったか、相手の気持ちを考えれてなかったか、自分のことさえ見失ってたことが、その時の思いがぶわーって蘇ってくる。過去の失敗とか、辛いこととか、鮮明に覚えてて。穴があったら100回くらい入るよなあ笑、って思った。
「今」なにをするかと「未来」でなにを理想とするかを真剣に考えるとき、過去の自分とは絶対切り離せないということ。なにかの成功を振り替えって繋げるのは楽だけど、失敗を振り替えって繋げるのは苦だね。本当に苦痛。だって、その時のわたしは一生懸命で、その一瞬一瞬を心から大事にしてて、自分と相手の気持ちの狭間でなにが一番良いのか考えて、これ以上なにも出せません!ってくらい自分を出しきったのに、ダメだったことを。失敗だった、間違いだったと受け止めないといけなくて。落ち込んでも前に向いていくためには過去の自分の精一杯の努力にこれはちがうよ、と突っ込んでいかないといけなくて。今こうして考えて動いていることさえも、後で思えば違っているかもしれない不安と戦いながら。

1回だけ会いたいなって思う過去と今のわたしの気持ちと、会ったってまた前が見れなくなるだけだよって思う未来に向かっているわたしの気持ちが、一ヶ月も経った今も戦ってる。
好きなのに急に諦めないといけなくなった私の未練と、顔も見たくないからそんな別れ方したんだよって、相手の気持ちを本当に考えるなら、会いたいなんて思うことは今までの失敗してきた自分となにも変わらないんじゃない?って理性的なわたしがいる。
花より男子で、大人な選択なんてないのにね。ワガママに自分の意思を貫き通す選択か、状況をみて妥協する選択か。それだけのことよ。という台詞があって、すごく納得したのだけれど、
会いたいとおもうわたしは、自分を貫く選択になる。会わないとおもうわたしは、状況をみて自分の気持ちに妥協する選択になる。自分に妥協してるくせに、相手のためと理由をつけることに抵抗があって、どうしても納得できなかった。

でも今、思うのは、最善なんてものは自分と誰かの関係のなかでは存在しないってこと。お互いのことを考えて出した選択なら、どれも、間違いじゃないってこと。
大事なのは、過去を引きずることでも、未来に期待を寄せるのでもなく、今という時をわたしが一生懸命過ごすこと。ちゃんと意味をもって動くこと。結果も目的も後からついてくるから。
これまでいっぱい落としてきたものを、振り返って見つめて、拾ったりそのまま置いてきたり。そんなことの繰り返しなのかもしれない。
誰かと何かを比べて得るのは劣等感か優越感。そんなもので私の中の大切なものを見つける材料にはなってくれないんだな、と気づいた。最近、やっと枝葉がたくさんついてきた。まだまだ幹や根っこには遠いけど、前よりも近づいた。
私のペースで。焦らず。ひとつひとつの出会いを大切にしていこうとおもう。

そんな胸の内。2015.12.15