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ありがちなブログ

ありがちな更新率。ありがちな語り口調。ありがちな女。

ふりふられの傷

ふった人とふられた人を

"悲しませた人と悲しい人"

って認識してた

だけど、

自分がいざ経験してみて改めて思った

ふられたらもちろん悲しいねん

でも、ふった方も悲しかってんな

これは、遊びで付き合うとか

なんとなくで付き合うとかを除いて

本当に好きで付き合ってたならの話

わたしはふられた側やったから

まず、ふられた側の立場で考えた

1から4までの段階に分けた

1ふられたて

ふられたては辛い悲しい傷ついた

ふられそうかもと分かってようがいまいが、

予想とかは関係なく悲しい

2ちょっと落ち着いてきた頃

なんでふられたかどうか考え出す

ああしとけばよかったこうしとけばよかった、と考え出す

3もう涙も出なくなってきた頃

どうしたらもっかい好きになってもらえるか考え出す

復縁の記事とかめっちゃ見る

4さらに落ち着いて元彼を思うことが少なくなった頃

ここで、やっと相手の気持ちを考え出した

ふられてからずっと自分が悲しい辛いどうしたらよかったこれからどうしよう、と

自分のことしか考えてなかった

ぶっちゃけ、だから振られたんやなと再確認

もっと言えば

付き合ってた頃からの

自分の行動や気持ちが

相手からしたら迷惑やったからこそ

振られた

なにをしたらいいか

ではなく

なにをしなければよかったか

そしてこれからは

相手になにもしてはいけない

復縁を迫るなんて言語道断

(なぜならふられたから)

ということを理解した

ここでふった側の立場になると、

相手は自分のことを考えてないということに対して

辛かった悲しかった傷ついた

ということやとおもう

つまり、

ふった側は別れる前から傷ついていた

ふられた側は別れた後になって傷ついた

結局両方共が傷ついてるねん

わたしの場合、ふられた側に原因があった別れ方だったので

相手が付き合ってたときに悲しんだ分、

ふられて私が悲しむのは当然やなと思いました

もちろん別れることについては

どっちが悪いとか決められへん

でも、付き合うたのしさは2人のもので

別れる悲しさだって2人のもの

どんな感情だって2人が共有するもの

別れたら悲しいけど、ただの悲しかった出来事じゃない

落ち着いて考えれば

自分にとって意味がある経験になってるはず

別れは出会いに繋がってるはずやから

前向いて輝いていこう!